テレビ会議今昔~業界の権威に聞くテレビ会議の過去と未来~

 かつては高額な大企業向けビジネスツールだと考えられていたテレビ会議も、現在では様々な業種・規模の企業に導入され、利用方法も多種多様です。
テレビ会議が今の姿に至るまでにどのような道のりをたどってきたのでしょうか。そして今後はどのように変化していくのでしょうか。
弊社顧問であり、テレビ会議業界の権威である大久保榮先生にテレビ会議の今昔、そして未来についてお話を伺いました。

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◆大久保先生プロフィール

大久保氏近影
VTVジャパン株式会社 技術戦略アドバイザー
博士(工学)、IEEE Fellow

大久保 榮(おおくぼ さかえ)

1964年、広島大学工学部卒業。 同年日本電信電話公社(現 NTT)に入社。 以来、研究所で主にテレビ電話、テレビ会議システムとその人間要因、広帯域通信網、映像符号化の研究開発に従事。

1994年 株式会社アスキーに入社、株式会社グラフィックス・コミュニケーション・ラボラトリーズに出向し研究管理と標準化に従事。 1998年、通信・放送機構に移り2001年まで招聘研究員として早稲田リサーチセンターでマルチメディアシステムの研究に従事。 1999年9月より早稲田大学国際情報通信研究センター客員教授、2011年4月より2012年3月まで招聘研究員として教育、研究に従事。 2006年5月、 VTVジャパン株式会社顧問に就任。

1984年以来映像符号化とオーディオビジュアル通信システムの国際標準化に携わり、 H.261 、 H.320 や.262|MPEG-2ビデオ、H.323の標準化に貢献。 2002年から2008年の間ITU-T SG16 WP2/16議長を務めた。

今はテレプレゼンス、昔はテレビ会議?

---- テレビ会議システムを経て、現在のテレプレゼンスの姿があるのでしょうか?

 いいえ、テレビ会議こそ昔は、テレプレゼンスでした。
 「テレビ会議」は1970年頃、誕生しました。それまでに、電話に取って代わるテレビ電話を目指して、世界各国で開発、試験の努力が続けられましたが、結局利用者に受け入れられるには至らなかったのです。
 その映像通信技術を活かしたいとビジネス活動を見渡したとき、半分近くの時間が会議・打ち合わせに費やされていました。そこで、本社と支社のように離れた場所にいながら、あたかも一堂に会したような雰囲気で会議ができるテレビ会議のコンセプトが生まれました。

---- そもそも、テレプレゼンスとはどのようなものなのか教えてください

 「テレプレゼンス」は2006年に初めてCisco社の製品に付けられた名前で、離れていてもあたかもそこに存在しているように感じられるテレビ会議システムのことです。
 国際標準化機関のITU-Tでは、利用者体験の視点で、テレビ会議の中でも特に一つのテーブルを囲んで等身大で参加者が表示され、一つの部屋にいるような工夫がされたものをテレプレゼンスと定義する方向にあります。
 テレプレゼンスの部屋は専用に設計され、照明灯の位置、色温度、壁の色や吸音率、テーブルの形や色、カメラやマイクを目立たせない、などに注意深い処置が施されています。

---- テレプレゼンスと従来のテレビ会議システムはまったく別のものなのでしょうか?

 技術的にはマルチカメラ、マルチディスプレイがテレプレゼンスの特徴ですが、実は当初のテレビ会議は2カメラ、2ディスプレイのシステムでした。
 テレビ会議誕生の頃は、勿論「テレプレゼンス」という言葉は存在しませんでしたが、設計思想は全く共通です。
 もう一つの共通点をあげますと、当初のテレビ会議室にしろ現在のテレプレゼンス室にしろ、大がかりで高価になりますので、利用者が自分で保有することが難しくなります。そこで、ホテルの部屋をテレビ会議室にして、利用者がそこに出かけて会議に参加するという公衆テレビ会議が、我が国では1976年に東京と大阪のホテルを結んで試みられていますし、現在のテレプレゼンスでもそのようなサービスが提供されています。歴史は繰り返す、とはまさにこのことです。